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重要文化財 旧中筋家住宅保存修理工事の設計監理

syuoku.jpg熊野街道沿いに建つ中筋家住宅

重要文化財旧中筋家住宅は和歌山市郊外の田園地帯にあります。この一帯は近世には禰宜村と呼ばれていました。中筋家は天正13年(1585)に、根来山の兵火を逃れてこの地に移り住んだとされ、寛延3年(1750)に5代目良重が近隣一帯の村々を統括する大庄屋となり、以降江戸時代の終わりまで6代にわたって大庄屋を勤めました。明治時代以降は村会議員、県会議員などを勤め、地域の発展に重要な役割を担いました。戦後まもなく家屋敷は楫本家の所有となり、昭和49年に主屋ほか5棟が重要文化財に指定されています。

屋敷は京・大坂より熊野へと至る、熊野街道に沿って構えられています。東西40m、南北55mの屋敷内には、南端正面に長屋門形式の表門が建ち、その背後に規模の大きな主屋が建っています。

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主屋の正面図

主屋は嘉永5年(1852)に建築され、コ字形に部屋が連なる間取りで、入母屋造と寄棟造を組み合わせた複雑な形状の屋根を掛けています。二十畳敷の大広間や、三階「望山楼」といった接客ための部屋が特徴的です。
主屋の北西には内蔵が建ち、その西側には長屋蔵や北蔵が並んでいます。屋敷北端中央には御成門があり、屋敷周囲は土塀がめぐっています。現在見るこのような屋敷構えは、江戸時代末期から明治時代中期にかけて整えられたものです。

住宅の保存修理事業は平成12年2月に始まりました。平成22年3月まで122ヶ月間をかけて和歌山市の事業として実施されています。
修理は長屋蔵の半解体修理から始めました。この建物の傷みは大きく、半解体とはいっても実際は一部の柱列と壁を残していったん解体し、基礎にコンクリートを打ち、またもとのように組み上げました。北蔵は解体せずに、屋根の葺き替えと、壁の修理を行っています。この2棟は平成15年度までで修理がほぼ完了しています。

主屋と表門は小屋組や壁を残した半解体修理で進めています。一般的には解体したほうが、より効率よく各部材の修理が出来ますが、そうすると土壁を残すことができません。壁も文化財を構成する重要な要素なので、主屋と表門はなるべく解体範囲を少なくできるよう検討しながら、修理を進めています。昨年度は主に土台の取替や、不陸調整、屋根廻りの修理を行い、現在は屋根葺に向けて準備を進めています。

竣工後は和歌山市の管理のもとに公開される予定で、単なる見学だけでなく生活体験や地域づくりの場としても活用される予定です。

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修理中の主屋


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